【Vol.2:人工心臓】映画『ディア・ファミリー』を10倍おもしろく! 人工心臓製造・実験監修者に聞く、研究開発のリアル&映画制作の舞台裏
Vol.2:あなたの知らない人工心臓の世界
皆さんこんにちは、有限会社安久工機の田中宙(ひろし)です。
(プロフィール)
田中宙(ひろし) 常務取締役 経営企画室
中小企業向け基幹業務ソフトメーカーで「おまかせあれ〜」と勤務後、30歳で実家の町工場へ転職。経営企画を勝手に名乗り始める。最近はベンチャーフレンドリーな人たちを可視化&データベース化する「ベンチャーフレンドリープロジェクト」に邁進中。
Vol.0、Vol.1の記事でもご紹介しましたが、私たち安久工機は2024年6月公開大泉洋さん主演の映画『ディア・ファミリー』の人工心臓製作・実験監修を務めさせていただきました。
私たちだからできる、映画の裏話や人工心臓の解説といった『ディア・ファミリー』がきっと10倍面白くなる情報をお届けします。この記事を読んだら、きっと映画館へ足を運びたくなると思います。
今回の記事では、そもそも人工心臓とは何か、人工心臓の製作方法、当時と現在の人工心臓の研究について、監修担当で代表取締役の田中隆に詳しく話を聞きました。最後まで読んでいただくと、『ディア・ファミリー』がより深く理解でき楽しめると思います。
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Vol.0:はじめまして、安久工機です
Vol.1:映画『ディア・ファミリー』監修のはじまり
Vol.2:あなたの知らない人工心臓の世界
(プロフィール)
田中隆 代表取締役 博士(工学)
有限会社安久工機代表取締役、開発設計担当。通称タイショー。2009年大田区モノづくり優秀技能者「大田の工匠100人」に選出。2011年早稲田大学理工学研究科生命理工学専攻博士号取得。早稲田大学理工学総合研究センター招聘研究員と明治大学理工学部兼任講師を兼務。1980年代から大学や医療系研究機関と共に人工心臓開発プロジェクトに参加。補助人工心臓のプロトタイプや血液循環シミュレータの開発設計を担当。医療以外にも「諦めない」精神で様々なモノづくりプロジェクトを支援。盲学校の美術教員の相談を受け視覚障がい者用ペン「ラピコ」を開発。
そもそも人工心臓とは?
宙「そもそも、”人工心臓”ってなんなの?」
隆「一言で言えば、”病気になった心臓の代わりに駆動させる機械的な心臓”で、まぁ、色々あるんだけども。
大きく分けると『全置換型人工心臓』と『補助人工心臓』があるかな。
『全置換型人工心臓』は右心室も左心室も切り取って人工のポンプをつけるタイプ。
『補助人工心臓』は左心室(or右心室)だけを切ってその動きを補助するポンプをつけるタイプ。
さらにこれを、体内に植え込む『植え込み式』と体外に取り付ける『体外式』に分けることができるね。
あとは形状とか駆動方式によってまた細かくタイプが分かれる。」
宙「やっぱり、『完全置換型の体内植え込み式』が一番難しいんだよね?」
隆「そりゃそうよ。だから当時は体外式補助人工心臓の研究が主体だったんじゃないかな。元々補助人工心臓の役割は、心臓移植のドナーが見つかるまでとか手術方法が見つかるまで、という一時的な処置目的が現実的だったから。
今では開発が進んで小型化も実現しているから、取り外す必要がないものも出てきているけどね。でもやはり『完全置換型の体内植え込み式』は今でも実現されてないはずだよ。
筆者のようなド素人が「人工心臓」と聞いて最初に想像する“身体の中で動く機械の心臓”は、どうやら『完全置換型の体内植え込み式』ということらしい。
ちなみに、補助人工心臓の多くが左心用であるらしいが、これは
右心室:全身から戻ってきた血液を肺に送り出す
左心室:肺から戻ってきた血液を全身に送り出す
という役割に起因していて、「肺から戻ってきた“キレイ”な血液を全身に送り出す方が技術的な制約が少ないから」というのが一因だそう。
宙「映画の中で坪井さん(主人公:大泉洋さん)が、アメリカで成果が出たと聞いた人工心臓の実験が実は犬や子牛の実験結果だったと知って愕然としてたね。あれは?」
隆「あれはたしか全置換型かな。当時は素材の研究開発も進んでいなくて、恐らく塩ビか何かで作っていたと思う。
だから血栓が出来やすかったんだよね。だいぶ後に素材の研究が進んで、シリコンとかが使われるようになった。」
もし人工心臓の構造的、材質的な原因で血栓が出来てしまうと患者さんの死に直結してしまう。
どうやら人工心臓の開発は“血栓との戦い”と言っても過言ではないらしい。
隆「ちなみにアメリカ人工心臓を開発して犬や子牛で実験をしていたのは阿久津哲造さんという日本人の研究者だよ。阿久津先生は1981年に国循の副所長に就任されたから、俺の上司だったよ。」
宙「し、正真正銘の人工心臓のパイオニアが社長の元上司…!!??」
隆「そうだよ。当然研究でもお世話になったし、一緒に食事したりしてたよ。」
そういう大事なことは、もっと自分の息子が小さい時から自慢しておくべきである。
主人公が作ろうとした人工心臓
宙「ところで、劇中で主人公(大泉洋さん)が作っていたのはどういうタイプの人工心臓なの?」
隆「あれは補助人工心臓だよね。台本だと佳美さん(主人公の次女)は『三尖弁(血液が逆流しないための役割を持つ3又になった弁)が先天的に全て閉じ、左右にも穴が開いており、正常に血液を全身に送ることができない』という症状みたい。
映画の中で細かい表現は無かったけど、三尖弁があるのは右心室だから、右心室の補助人工心臓を作ろうとしていたんじゃないのかな。」
宙「ということは、左心室用の人工心臓に比べてそもそもハードルが高そうだね。」
隆「それはそうかもね。」
宙「映画ではポリウレタン製の人工心臓を拍動させようとしていたみたいだけど、あれは人工心臓界ではスタンダードなの?」
隆「初期の研究はやっぱり『本物の心臓に近づけること』を目標としていたから、心臓に近い条件で拍動させることが当時の一つのゴールだったんだよね。
主人公が作っていた人工心臓はいわゆる”サック型”と言って、本来は硬い材質で作った外側のケースがあって、その内側にポリウレタン製のサックが入る。
サックとケースの隙間に空気を出し入れしてサックを圧縮したり膨らませたりすることで拍動を再現するタイプ。
だから本当は外側のケースも必要なはずなんだけど、映画には登場しないね。まぁ、俺は外側のケースも作ったんだけど。」
ディア・ファミリーをご覧になった周りのお友達に差をつけたい皆さんは、
「あれ、サック型なのにケースは出てこないのかなぁ?どぉやって拍動させるんだろぉ?」
と鼻につく感じで言ってみたらいいと思います。
現在の人工心臓
宙「拍動させるタイプの人工心臓は今でも使われているの?」
隆「いや、使われていないと思う。東洋紡タイプ、日本ゼオンタイプっていう拍動流型の人工心臓が臨床の場でも使われていたけど、もう使われていないんじゃないかな。今はポンプ内にインペラを仕込んで血液を送り出す『定常流型』っていうタイプが中心になってきてるはず。」
宙「へぇ〜。それは定常流型の方が簡単だから?」
隆「拍動流型は大きくなりがちで比較的高価になっちゃうんだけど、定常流型は構造がシンプルで小型化もしやすいし、
製造も比較的簡単だから、かな。
そういうことも拍動流型を追求した初期の研究が元になって分かることだからね。」
宙「じゃあ映画で大泉さんが開発していた人工心臓が現行のモデルに引き継がれたりはしていないの?」
隆「筒井さんが開発に着手する以前から進んでいた研究だからそういう直接の繋がりはないんじゃないかな。
当時は人の心臓を再現する拍動流型の研究段階だったからね。
いろんなチームが研究していて、同じような構造や仕組みに収斂(しゅうれん)※するのはよくあったことだと思うよ。」
※収斂(しゅうれん):系統の異なる物どうしが、近似した形質をもつ方向へと進化する現象。相近。
今回はここまで!
次回Vol.3では、「人工心臓を作るのに苦労する映画を撮るための人工心臓を苦労して作る話」をお届けします!
お楽しみに!